ブログ更新、しばらくお休みしますm(_ _)m

皆さま、こんばんは。蓮賀です。いつもお世話になっております。
今宵も 「蓮賀庵」 へお運びくださいまして、ありがとうございます<(_ _)>


さて、現在 臼杵城址公園 の案内実況・・・風記事の途中ではありますが、
急ぎの案件が入っておりますので、しばらく更新をお休みいたします

楽しみにしてくださっていた方がおられましたら、大変申し訳ございませんm(_ _)m
再開は 来月下旬 の予定です。なんとか年内には完結させたいな(^^;


あぁ、気がつけば 11月も30日・・・。明日からはもう 師走ではありませんか!
思えば今年も・・・・・   おっと、反省会は年の瀬でイイや。
今は目の前の案件に、集中して取り組まねば!! 

またお天気は下り坂のようですね。皆さまも、お風邪など召されませんように。
それでは、また! グズグズ・・・(´-.,-`)
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ぶらりフォト紀行 臼杵城址へ行ってきました! その弐

はい、皆さま こんにちは! 蓮賀です(^^)/
今日も前回に引き続き、大分県臼杵市 にある 臼杵城址公園 におります。
(ウソですよ! ホントは夜中に自宅で書いてます。あくまで 実況風 ね)
臼杵城址・案内絵図
一応今回も、城址全体が把握できる案内絵図を載せておきますので、ご参照ください。
 ※なお、掲載の写真は 傾きやコントラスト、色合いなどを微修正してあります。
   そもそも素人撮影ですし、逆光で暗い部分とか多かったもので・・・(^^;
   また、クリックで拡大表示もできますので、細部を見たいと言う方は お試しください。



№08・模擬復元された「大門櫓」
では早速、大門櫓をくぐって二ノ丸内に いざ! 突入うぅ~~~!!!

おっ、さすがに二ノ丸は広いですね。道はすぐに二手にわかれ、中央には植え込みが
あります。左手は鳥居をくぐって護国神社へ向かう道、右手は南側を回りながら奥へと
続いています。
城址内には 約千本もの桜 が植えられており、毎年春先は花見客でにぎわっている
そうですよ♪ ・・・残念ながら、今は幹と枝ばかりですけどね。
ホントは桜の次期に来れると良かったのですが・・・あいにく私は花粉症で・・・(´・.,・`)

おっと、城跡の探訪に戻りましょう(^^; まずは大門櫓の 南側へと続く石垣GO!

№11・大門櫓の南側 「井楼櫓」の石垣

中央に見える大きな石垣が、「井楼櫓」(せいろうやぐら)の土台です。ここには、城内
で最大規模の櫓
(天守櫓は除く)が建っていたそうで、二階へ登れば、臼杵の城下町
が隅々まで一望できたことでしょうね。
でも、天邪鬼(笑)な私は、その脇の階段を登ってみることに。

№12・井楼櫓脇の石垣から見た「畳櫓」ここは大門櫓と井楼櫓を結ぶ
石垣で、かつては塀が建って
いたと思われます。

眼下に、前回紹介した 「畳櫓」
(№5)が見えますね。
この畳櫓と井楼櫓の辺りが、城
の一番南にあたります。


あ、ここで一つご注意を。この 2枚の写真から、ここには柵がないことがお分かりいた
だけるかと思います。幅もそれほど広くはないので、登った際は足元に気をつけてね。

今度は門の 北側へ続く石垣 へ行ってみます。

№13・大門櫓の北側 「会所櫓」の石垣

これは 「会所櫓」 の石垣。ここも井楼櫓同様、石垣と塀で大門櫓とつながっていたよ
うです。前回、下の道から撮った写真(№10)を掲載しましたが、あの奥に見えていた
石垣がこれ。上へ登る階段がありますが・・・奥行きが狭く急なので、お気をつけて。

№14・大門櫓へ続く石垣会所櫓跡から門の方へ続く石垣
を撮ったものです。
建物が残っていないのは残念で
すが、これはこれで風情を感じま
すねぇ・・・・・(-v-) 

ここには櫓の跡にも柵はあり
ません
からご注意を。


道へ戻ると、神社の宮所へ向かう道と、雑木林へ通じる道に分かれています。
雑木林の方へ進むと、道を挟むように立っている 2本の 大きな杉の木 があります。
幹に注連縄が巻いてありますので、神社の 御神木 なのでしょう。

№15・「臼杵護国神社」の社殿雑木林を抜けると、その 護国
神社 が見えてきました。お社
は、これまたうっそうとした木立
に囲まれています。

手前に砲弾を模した記念碑が
ありますね。護国神社だけに、
公園内には戦没者の慰霊碑
などがいくつかありましたが、

お城とは直接関係無いので 今回はスルー させていただきますm(_ _)m

№16・「居館庭園」の名残りの池
 お社の手前に池
 がありました。

 これは、延宝3年
 (1675年)にこの
 場所に移された、
 城主居館の庭園
 の名残り だそう
 ですよ。


歴代の稲葉家当主たちも、ここで鯉にエサをあげたりしていたのでしょうかね~。

ここからは、少し下って中央のグラウンドへ続く道と、南側の道へつながる道とに
分かれています。南側の方に、なにやら 記念碑 があるようなので行ってみますね。

つづきを読む…

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ぶらりフォト紀行 臼杵城址へ行ってきました! その壱

はい、皆さま こんにちは! 蓮賀です(^^)/
今日は大分県臼杵市 にある、臼杵城址公園 へとやってきました。
これから 4(予定)ほどに分けて、この城跡をご紹介いたしますヨ!
№01・西側より「臼杵城址」を望む

と言っても、これは先月 のお話なんですけどね(^^; でもまあ、せっかくですから
実況風 でご案内させてくださいな。
 ※なお、掲載の写真は 傾きやコントラスト、色合いなどを微修正してあります。
   そもそも素人撮影ですし、逆光で暗い部分とか多かったもので・・・(^^;
   また、クリックで拡大表示もできますので、細部を見たいと言う方は お試しください。


でもその前に、まずはざっとでも 臼杵城の 略歴 を説明せねばなりますまい。
規模としては小さなお城ですが、実際に戦(いくさ)も経験しているんですよ。
臼杵城(丹生島城)略歴
  ・弘治2年(1556年)、大友宗麟 により、臼杵湾内の 丹生島 に城が築かれる。

  ・天正14年(1587年)、島津軍 の攻撃を受けるが、辛くも守りきる。

  ・文禄3年(1594年)、改易となった大友氏に代わって、福原直高 が入城。
   石垣を築く本丸と二ノ丸の配置換え など、大改修に着手。

  ・福原氏は 3年ほどで府内へ移封。太田一吉 が城主となり、改修を引き継ぐ。
   西側の砂州を埋め立てて、三ノ丸 が築かれたのもこの時代。

  ・慶長5年(1600年)、関ヶ原の合戦 の折、太田一吉は西軍とみなされたため、
   東軍 中川秀成 の攻撃を受ける。後に 黒田如水 に降伏、開城。

  ・関ヶ原の後、美濃から 稲葉貞道 が入城。さらに城郭の改修、整備を行う。

  ・明治6年(1873年)、廃城 となるが、西南戦争の折に 稲葉氏 が籠城。薩摩
   
の攻撃を受けて落城するも、新政府軍 が奪還。

  ・明治20年(1877年)、周囲の海が埋め立てられて 地続きとなる。

  ・昭和41年(1966年)、県の史跡 となり、現在に至る。
そんなワケで、現在残っている石垣などは、安土桃山~江戸時代の遺構
と言うことになります(※大門櫓と土塀は、近年の模擬復元)。

次に、城郭の全体像を把握していただくために、マップ をご用意しました。
残念ながらドローンは無いので、Yahoo地図や観光案内用パンフなどを
参考にした お手製品 で失礼しますm(_ _)m
臼杵城址・案内絵図

さあ、お待たせしました!

№02・「古橋口」の石橋と鳥居それでは、西側の玄関口である
「古橋口」(ふるはしぐち)から
城址内へ入ってみましょう。
かつて島だった名残りの岩肌や
石垣、復元された白壁の土塀、
そして櫓門が見えます。

お堀にかかる石橋を渡り・・・・・


公園内には 「臼杵護国神社」 がありますので、鳥居も立ってます。
橋の上にいるのは、毎年11月に行われる お祭りの準備 をされている方々。
右手にある石垣に電飾?の取り付け作業を行っておられました。

鳥居をくぐって案内板の前を過ぎると・・・

№03・「鐙坂」の入り口付近

ややッ!!?


いきなり 行き止まり
なの??





いえいえ、心配はご無用。実は左手の方に、上り口が続いています。
岩盤を掘り切った狭い “S字カーブ” の坂道は、馬具の鐙に似ていることから
「鐙坂」(あぶみざか)と呼ばれ、宗麟の築城時代から残る 数少ない遺構
なのだとか。しかし・・・

この場所の写真は一枚もありませんm(_ _)m

実は、お祭りの飾りつけは この鐙坂にも施されるらしく、道には竹製の箱が
いくつも並べられ、やはり作業をされている方が。
そこで、「後で撮ればいいか・・・」 と思って・・・・・忘れてしまったようです。
これは したり!! 痛恨の極みッす・・・orz 反省。

№04・白壁の「狭間」から外を覗くと…気を取り直して先に進みますと、
下からも見えていた長い白壁の
塀が、右手側に続いています。


「狭間」(さま)と呼ばれる銃眼
が開いていますので、外を覗い
てみました。

この穴からは、前の道路の向こう側 にある交流プラザの入り口が見えています。
どうやら穴が水平に開けられているようですね。
本来は攻め寄せる敵兵を狙撃するためのものなので、斜め下方向 に開けられる
のですが・・・。戦の無い江戸期はこうだったのか、単に模擬復元だからか・・・は、
定かではありません(^^;

さらに登っていくと、また鳥居があります。その先にあるのが・・・

№05・現存する「畳櫓」この 「畳櫓」(たたみ
やぐら)です。
現存する 2基の櫓の
一つで、ご覧のとおり、
1階と2階の広さが同じ
重箱造り と言う構
造なのが特徴。

最初に建造されたのは、
正保年間(1644~48
年)だそうですヨ。

宝暦13年(1763年)の火災で一度 焼失 した後、明和年間(1764~72年)に再建
された物が今に残っています。

畳櫓の名前の由来はハッキリしないようですが、「中が畳敷きだったから」とか、「方角
の巽(たつみ)からきている」など、諸説あるみたい。

ここから道は左手へ曲がり・・・・・

№06・二ノ丸の石垣と「大門櫓」

二ノ丸への入り口、「大門櫓」 が見えてきました。その前に、左側の角にも 何やら
土台らしき石積みと階段 が!
 
№07・「中門」の土台と階段古い絵図を見ますと、かつてここには
鐙坂をまたぐ形で 「中門」 があった
ようです。
これは、その片側の土台と 2階の
櫓部分の中へ入る入り口 への
階段だと思われます。


№08・模擬復元された「大門櫓」

さて、大門櫓の下へやって来ました。この櫓門は、平成12年に模擬復元 された物だ
そう。ちなみに、稲葉氏以前の時代には この場所に門は無く、二ノ丸や本丸へ入るには、
北側の 帯曲輪(おびくるわ)をぐる~っと回っていたようです。

おや!? 少し先にも 何か建物がある ようですヨ。門をくぐる前に行ってみましょう~♪

№09・「時鐘櫓」跡の鐘つき堂お寺の鐘つき堂みたいですね。
稲葉氏の時代、この場所には
「時鐘櫓」(ときかねやぐら)が
あったようです。

櫓には時計 が設置され、鐘を
ついて城下に時を報せていた
んだとか。


この時報は、元禄14年(1701年)に 時鐘楼が街中へ移されるまで続けられました。
また、ここの古い地層からは、十字架を刻んだ軒瓦 が出土していることから、宗麟の
時代にも キリスト教関連の施設 なんかがあったのかもね。

さてさて、ふと北東の方へ目をやれば・・・

№10・帯曲輪へ伸びる「二ノ丸の石垣」

おおぉ~! これはまた、何とも城跡らしい光景が・・・♪
    は~る~こぉ~ぅ~ろ~ぅ~のぉ~~♪♪
      は~な~のぉ~~~~・・・          おっと、失礼。
滝廉太郎の 「荒城の は、同じ大分県のお城でも、竹田の岡城 であった(^^;
で、これに見えるのは、大門櫓から北の方へ延びる二ノ丸の石垣。奥の一段高い場所
は、「会所櫓」(かいしょやぐら)が建っていた場所だそうな。


と、言うところで、今回はここまでにいたいしとうございます。まだ先は長いですから(^^;

最後に、ご参考までに掲載した写真の撮影場所を記したマップを載せておきます。
撮影場所・その壱
番号写真タイトル(拡大表示
時に見れます)のそれに対応
矢印は、レンズを向けた方向
表しています。


畳櫓付近に密集していて、少々
見辛いかもしれませんね。

ゴメン・・・m(_ _)m


次回は、大門櫓をくぐって 「二ノ丸」 へ進みます! 櫓跡の石垣や庭園の名残りの池、
「国崩」(くにくずし) のレプリカなどを巡りますヨ。お楽しみに~(^^)/ 
それでは皆さま、ご静読どうもありがとうございました<(_ _)>

※今回の記事の作成にあたり、城跡内の案内版、観光パンフレット、Wikipedia・臼杵城等の 
記述を参考にさせていただきました。ありがとうございました! 
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近況報告! 今月の更新予定は・・・!?

皆さま、こんばんは。今宵も 「蓮賀庵」 へのお運び、ありがとうございます<(_ _)>
そして拍手、コメント、そしてアフェリエイトのご利用、ありがとうございます<(_ _)>

にもかかわらず、10月中は一度も更新できずじまいで申し訳ありませんm(_ _)m
いくつか記事を準備していたのですが、間に合わなくて・・・(^^;

そこで今宵は、今後の予定などをお知らせさせていただきますね。

臼杵城址公園へ行ってきました!
  先月某日、かねてより一度訪れてみかった 臼杵城址公園 へ、ようやく
  行くことができました
西側より、臼杵城址を望む
  写真をいっぱい撮ってきましたので、レポートにまとめて UPする予定!
  デジカメ頼りの素人フォトですが、往時の雰囲気なりを感じていただければ
  幸いです。お楽しみに~~~(^^)/

第6回 SSBLBC 開催準備中!
  おぉ、ついに を数えるまでになりましたか。こうして見ると、なかなかの
  充実ぶり!! 今期は今のところ 3件追加! もう少し行けそうかな・・・。

      ▼今回リンクを張らせていただいた、しげまろ+うーが さんのツクール作品、
          『鼈口飴』(べっこうあめ) のスクリーンショット。

『鼈口飴』 のワンシーン・其ノ壱『鼈口飴』 のワンシーン・其ノ弐
       まだプレイの途中ですが、不気味さと美しさが入り混じるレトロな世界観に 
         魅せられております。コワいくらいに・・・。
         サイトの紹介ページも、実に凝った作りになってマス!!


  でもでも~~、世の中には まだまだ ステキサイトブログ に、ナイスな
  デザインのバナー
が溢れているはず! ボチボチ増やすぜぇ。ボチボチね。

・・・・・!!??
  むむッ! なにやら新たな動きか!!?? 顔グラ素材の、ツクール規格
  への調整も継続中だし・・・と言うワケで、次回の更新は また少~し先
  なりそうですワ~(´^△^`;n


とは言え、なるべく 今月中 にフォト紀行と SSB&LBC は掲載したいと思っています。
皆さま、なにとぞご理解のほどを。そして・・・・・

 見捨てないでよおぉぉぉ~~~<(_ _)>


こちらでも、を飛び越えて いきなりが来てしまったような感じです。
朝晩ちょっと寒いぃ・・・。皆さまもお体に気をつけてお過ごしを。
それじゃあ、また~(^^)/


さて次回は・・・
 レポートが完成次第、臼杵城址のフォト紀行 を UPします。歴史やお城に
 興味がおありの皆さま方、どうぞお楽しみに~~~!

※『鼈口飴』 のスクリーンショットの掲載は、制作者様の定める利用規約に沿って行っています。
※「RPGツクール」シリーズは、株式会社KADOKAWA エンターブレイン ブランドカンパニーの登録商標です。
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プロフィール

蓮賀まさとき

Author:蓮賀まさとき
 
「蓮賀庵」を営むヘタレな主。
ナントカの横好きで、チマチマと
創作にいそしむ小心者。

御文のあて先
御文のあて先
基本的に、リクエストは
お受けいたしておりません。
あしからず・・・m(_ _)m

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